採用においても、人材の定着においても社内環境整備の重要性は増すばかりです。求職者もより良い環境を探す傾向が強まり、転職活動も一般化。その過程の中で、「ホワイト企業」や「ブラック企業」といった呼称も、なじみの深い言葉になりました。しかし実際の労働環境は、ホワイトかブラックかという単純な二極化では区切ることはできません。今回ご紹介する「パープル企業」という名称も、そうした状況の中から生まれてきました。
この「パープル企業」の状態を放置すると、社員のモチベーション低下や離職率の上昇につながる可能性もあります。特に税理士事務所・会計事務所は、有資格者や実務経験者の採用競争が激しいうえ、確定申告や年末調整などの繁忙期に業務が集中しやすい業種です。一度「パープル企業」化してしまうと、優秀なスタッフから静かに離れていくリスクが高くなります。
そのリスクを避けるためには、「パープル企業とはどういう状態なのか」「どうしたら、その状態を脱することができるのか」そして「自社はパープル企業になっていないか」を知らねばなりません。今回の記事ではこの観点から、これからの組織づくりに必要な視点を考えてみましょう。
■パープル企業とは?
従来より、働きやすく労働環境の良い職場のことを「ホワイト企業」、労働環境や条件の悪い企業のことを「ブラック企業」などと呼ぶ俗称がありました。今回ご紹介する「パープル企業」は、その中間に位置するような企業を指し示す俗称として認知を高めています。
これは税理士事務所・会計事務所も例外ではなく、所内の雰囲気や所長・パートナーの方針によって、知らず知らずのうちにこの状態に陥っているケースが見受けられます。そこでまず「パープル企業」と呼ばれる状態が、どのような特徴を持っているのかについて確認してみましょう。
特徴(1)法令違反レベルの環境ではない
明確なブラック企業ほどの違法性はありません。福利厚生や休暇制度なども一定水準あり、基本的な体制は整備されています。しかし、その制度や体制の運用面で課題が残っていることが多いようです。例えば就業規則や有給休暇制度は整っていても、確定申告や年末調整、月次決算などの繁忙期になるとその運用がなし崩しになり、実質的なサービス残業が常態化してしまう、というケースが考えられるでしょう。
特徴(2)評価制度があいまいで「上司次第」な面がある
評価体制や昇進条件などが整備されておらず曖昧になっている、また、直属の上司次第で働きやすさや繁忙の度合いなどが変わってしまい、社員の納得感が得られにくいというのが特徴です。
評価体制の整備や基準の設定は手間がかかります。日々の業務に追われ、改めて明確な等級制度やキャリアパスを整備する余裕が持てていない、というケースもあることでしょう。しかし、ここで生じる評価や待遇に関する不公平感が、職場や仕事全体に対する不満感に転じてしまうリスクは決して無視することができないものです。
特徴(3)人手不足を「やりがい」でカバーしようとしがち
一部の社員に負荷が集中しやすい環境にあり、その改善に着手できていない状態にあります。改善できない負荷を「責任感」や「成長機会」という言葉で補う傾向があり、それが社員の重荷になることが少なくないようです。
税理士・公認会計士などの有資格者や、実務に長けたベテランスタッフに業務が偏りがちなのも、この業界特有の傾向です。「クライアントに信頼されているから」「経験を積める貴重な機会」という言葉がスタッフ側から「業務過多を正当化している」と受け取られてしまうと……。それがスタッフのモチベーションの低下や転職希望のきっかけになってしまう可能性があります。
特徴(4)状況の改善意欲はあるが……
業務の効率化や働き方改革、職場体制や負荷の改善について意識している事務所も少なくありません。しかし、日々の業務などに追われ、実行にまでなかなか手が回らない状況にあることが多いようです。そのため、即離職という状況ではありませんが、耐えて耐えて退社というケースが散見される風土になってしまっています。
■パープル企業とグレー企業、その違いとは?
ブラックともホワイトとも言い切れない企業のことを「グレー企業」と呼ぶことがあります。この「パープル企業」と「グレー企業」は似て非なるものです。細かな意味合いやニュアンスを探ると、明確に異なってきます。
◆パープル企業
働きやすい制度や安定性を持ちながらも、一部に旧体質や過度な負担が残ってしまっているなど、「良い面と悪い面が混在している企業」を指すことが多いです。
◆グレー企業
法令違反とまでは言えないものの、長時間労働や曖昧な残業管理など、ブラック企業寄りの危うさを抱える企業を意味します。
「パープル企業の特徴」でも示したように、「状況の意識改善に意欲がある」点が大きな相違点と言えるでしょう。近年は働き方やライフプランなどに、多様性が求められる時代になりました。その結果として働き方改革が進み、加えて労働人口の減少に伴う採用難も追い打ちをかけています。こうした急激な社会変化に対して、企業や事務所は組織改革や制度設計の見直しを求められることになりました。
しかし制度を改良しても、現場でそれが理想的に動くまでにはギャップもあります。実際に運用してみた結果、実態とそぐわずに見直しを求められるケースも散見されます。まさに「理想と現実」のギャップの只中で、「パープル企業」は生まれてしまったと言えるでしょう。
■脱パープル「事務所」を実践するために
パープル企業の状態から脱するためには、次のようなフローを経ることが効果的です。
(1)まずは現場の正確な状況把握から
離職率や残業時間、部署ごとの差、職員ヒアリングなど、想像ではなくデータや実際の声を集めることがスタートラインです。思い込みを排して負荷や負担、不公平がどこにあるのかを可視化することが肝要になります。税理士事務所・会計事務所であれば、確定申告や年末調整といった繁忙期前後の残業時間や有給取得率、スタッフの本音アンケートなど、担当者・部署別に可視化することが第一歩です。
(2)着手する課題に優先順位をつける
日々の経営や現場運用を行いながら改善を両立するのは、指示する側にも、実践する現場にも大きな負荷がかかります。一方で着手しなければ解決はないため、まずは「どの課題から着手するか」といった優先順位を明確にします。例えば「繁忙期における業務分担の偏り」など、離職につながりやすい課題から優先的に着手すると効果的です。
(3)定期的に検証し、修正する
制度がしっかりと現場に反映されているか、負荷の偏りは改善されているか。マネジメント層は、制度をしっかりと理解できているか。このように改善後も折に触れて検証する機会を設け、社員の声を反映しながら調整を重ねていくといいでしょう。
特に繁忙期を終えるたびに所内でスタッフの声を吸い上げる機会を設けることは、税理士事務所・会計事務所にとって有効な取り組みです。以前お話を伺った会計事務所では、半年に一度必ず全スタッフと面談を行い、社内体制の不具合や改善点をヒアリング。それを次の制度改修に生かしているとおっしゃっていました。
このように、制度導入はイコール完了ではありません。実態を都度確認しながら、改善を継続していく姿勢が、パープル企業脱却には欠かせません。
■あなたの事務所はパープル企業? 簡単チェックリスト
最後に、簡単なパープル企業診断チェックリストを。複数該当するようであれば、一度所内体制の見直しと改善の検討をしてみても良いかもしれません。
□ 部署や担当によって残業時間に大きな違いがある
□ 上司によって働きやすさが変わるという評判がある
□ せっかく設けた制度が使いづらいという意見が出る
□ 評価基準や昇進基準が明確になっていない
□ 特定の職員に業務が集中しがち
□ 離職が続くシーズンが定期的に訪れる
□ 入社後に「聞いていた話と違う」という声が出がち
□ 制度や改革の動きが一時的で、業務に追われて継続しない
□ わりと慢性的に人手不足を感じている
■まとめ
人材の採用と定着が企業にとって大きな課題とされる近年。いわゆる「ホワイト企業」を目指して制度整備を進める企業は増えてきました。従来の考え方や踏襲されてきた体制を見直し、より求職者や現職社員の満足度を引き出す制度づくりは確かに大切です。しかし実際には「制度そのもの」以上に、「それが現場でどう運用されているか」「制度が効果をしっかりと把握しているか」が重要。それ次第で、社員の働きやすさは大きく変わります。
重要なのは、「自社はブラックではないから問題ない」と考えることではなく、「職員が安心して力を発揮できる環境になっているか」を継続的に見直す姿勢です。パープル企業から脱却するためには、制度・マネジメント・企業文化を一体で改善し、現場の声を反映し続けることが欠かせません。その積み重ねこそが、これからの時代に選ばれる企業づくりにつながっていくのではないでしょうか。
税理士事務所・会計事務所にとって、有資格者や実務経験者の確保はますます難しくなっています。だからこそ、採用力を高めること以上に「今いるスタッフに、安心して長く働き続けてもらう」ことの重要性が増しています。皆さま自身の事務所が「パープル企業」化していないか。このコラムがそれを振り返り、人材定着の良き機会となることをお祈りしています。